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北へ⑥

2010年 05月07日 01:13 (金)

最終日はニッカの余市蒸留所。

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ここを語る前には、まずこの二人、竹鶴政孝とリタ夫妻の話から始めねばならないでしょう。

竹鶴正孝は言わずと知れたニッカの創業者。


1894年生まれの彼は広島造り酒屋の家に生まれますが、大学卒業後は日本における本格的な
ウィスキーの製造を目指し、単身スコットランドに渡ります。

孤独にひたすら研究を続ける彼を支えたのが、スコットランドで出会った女性リタ。

惹かれあう二人は家族の反対を押し切り結婚。
竹鶴はリタと共に帰国し、サントリーの鳥井の元で山崎蒸留所建設を指導、日本発の本格ウィスキーを世に送り出します。
やがて鳥井と目指すところが違うことを悟った竹鶴は、本場スコッチウィスキーを目標として、独自の道を歩みだします。

彼が出発の地として定めたのが、スコットランドと気候のよく似た北海道・余市。

1934年新会社(現在のニッカ)と余市蒸留所を開設、そして1940年、念願のニッカウィスキー第一号が世に送り出されました。

世界五大ウィスキー生産地の一つとして数えられるジャパニーズウィスキーは竹鶴正孝が90年前、単身渡英したときから始まったといってよく、
ある英国政治家は来日した際、「40年前、ある日本青年が一本の万年筆とノートで英国のドル箱であるウィスキー作りの秘密を盗んでいった」
とジョーク交じりにジャパニーズウィスキーと竹鶴を褒め称えたとか。

ウィスキー作りにひたすら邁進する竹鶴を支え、共に働いたのがリタ夫人。
家族の反対を押し切っての結婚、来日後は異文化の中でも必死に日本人たろうと努力し、
そんなリタを労わって自宅をスコットランド風の洋館にしたなど、二人にまつわる美談は尽きることがありません。

前置きが長くなりましたが、早速蒸留所を案内。

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蒸留所は余市駅からすぐ見える位置にあります。

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30分おきにニッカの女性職員さんが案内をしてくれます。

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まずは乾燥塔。
ここでピートを焚いて麦芽を乾燥させます。

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乾燥した麦芽を粉砕してお湯に混ぜて濾すと、麦汁と呼ばれる成分ができ、
これに酵母菌を混ぜることで醗酵が始まります。
アルコール分が生成され、もろみと呼ばれる酒の原料になります。(ここまではビールと同じ)

ここからいよいよ蒸留工程。

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もろみはポットスチルと呼ばれる釜で蒸留され、無色透明で純度の高いアルコール酒となります。(ウォッカなんかこれですね)

琥珀色のウィスキーとなるためにはここから樽熟成を経ねばなりません。

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最低でも10年寝かされ、その間に樽成分が染み出し、琥珀色のウィスキーとなるわけです。


さて、蒸留所内ではミュージアムなども充実。

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ジャパニーズウィスキーの礎となった竹鶴留学時代のノート。

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そして竹鶴・リタを結びつける運命の場となったスコットランドのリタ邸の一室が再現されています。


また、敷地内には旧竹鶴邸が移築されています。

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蒸留所見学を終えた後は二人が眠る余市市内を見渡せる墓地へ。

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激動の人生の後の二人が安らかならんことを祈り、「献杯」です。
(運転する自分は飲んでませんよ、勿論。)


ここまで述べた足跡は全て『バーテンダー』16巻をトレース。

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しつこいようですが、二度薦めます。