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凄絶なるハッピーエンド

2009年 10月05日 01:50 (月)

『空の境界』第7章見てきました。

章題「殺人考察(後)」のとおり、殺人を主題とした生と死、罪と罰、120分におよぶ壮大な試論でした。

「人は一度しか殺人を犯せない。」

式が祖父の遺言として受け取った言葉の意味は二つ。
通常の人間はその一度を自己の死の瞬間まで取っておき、来たるべきときに、安らかなる自己の死を得るために、自己に対し「殺人」を行う。
だが、その一度を他人に行使した人間は、その対象の生を背負うことになり、苦しみのうちに一生を送る。
他死を背負った身には、その最後のときにも安寧は訪れない。
これが一つ。

しかし、二度目の他に対する死の行使は「殺人」ではなく「殺戮」となり、対象の生を負うことはない。
なぜなら人間は他人一人分の生しか背負うことはできず、二人目以降の生はそこから溢れだし、もはやその行為からは殺人としての意味が消失する。
その境地達したものは「殺人犯」の名で呼ばれることはなく、彼に対し贈られる名は「殺人鬼」となる。

今回の敵役、白純は第一の殺人において自己の罪と対峙することから逃走し、荒耶から差し伸べられた手を取ることで狂気として自己を認識し、一気に境界の彼方、「殺戮」を行う殺人鬼へと移行した。

ひるがえって両義式。
祖父の遺言と黒桐の想いを守り、自己の殺人衝動を必死に押さえつけ、境界の向こう側に行くのを防いできた。
物語においてはその禁忌を破り、ただ一度の殺人を白純に行使する結果となる。
しかしその罪を黒桐が「背負う」と宣言することで、二人は結託する。

式と黒桐がくっつくのはハッピーエンドとしても、それが殺人を鎹とする壮絶さ。
血と雪の中で二人が抱き合うのはその象徴でもあるような。


なにはともあれ、アニメ史に残る大作として完結したと思います。
(まだエピローグが残ってる気もしますが・・・)

1年半、本当に楽しませてもらいましよ。

スタッフにねぎらいと感謝の言葉をかけたい!!

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