06月 « 2017年07月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  » 08月

あれから

2012年 03月15日 04:32 (木)

さて、更新するのもだいぶ遅くなってしまいましたが、3.11から1年。

3.11.2:46

私は岐阜の職場で仕事をしていましたが、震度3の揺れを観測。

震源地が宮城県沖?で、岐阜でこの揺れ!?

ああ、これはとてつもないマグニチュードクラスの地震だな、とネット見ながら思いましたが、
その凄まじさに驚かされたのは部屋に帰ってからでした。(岐阜でしかも寮暮らしなので、帰宅難民なんてことは全くなく、ニュースをオンタイムで見ていました)
かつて訪れた三陸海岸の町が流される映像は本当に見るに耐えなかった。
そこに幾千もの人々の命と暮らしがあると思えばなおさらでした。

実家秋田とも連絡がとれず、不安のあまり11日は一日徹夜しましたね。(結局秋田での被害は死者もなく微少だったのですが)

翌朝ようやく連絡がとれて一眠りして昼過ぎ起きてTVをつけたときの衝撃。

「福島第一原発で‘メルトダウン’が起こっている可能性」

多分、これまでの人生で最も背筋が凍った瞬間でした。この日本でメルトダウン!?スリーマイル!?チェルノブイリ!?
‘メルトダウン’の言葉を聞いた時の恐怖感、人は信じられないことが起こると思考停止に陥るのだな、と。多分このときの感覚は一生忘れないと思います。「(この時点での報道はまだメルトダウンの前段階炉心溶融としか確認されておらず、この段階でメルトダウンという表現を用いたのは誤りとの批判を受けましたが、その後の調査で皮肉にもこれがその段階で‘事実’であったことが判明。)
結局、この出来事が私に故郷東北への帰還を決意させ、前職を止め現状に至ることを思えば、今回の大震災は3度目の人生の転回点であったと思います。(一度目は1995年オウム真理教による一連の事件、二度目は2001年9.11テロ。いずれも私の人生と進路を左右した大事件でしたがその話はまたいずれ。)

そして震災から半年。

「震災の現場をこの目で見て、伝えねば」という衝動を抑えきれず、夏にバイクで三陸を走りました。

以下、半年前の写真ですが掲載します。被災地の実態を少しでも伝えたいとの思いをこめて。



IMG_6414.jpg

仙台港、乗り上げた船舶

IMG_6498.jpg

女川町、津波により横転したビル

IMG_6508.jpg

石巻雄勝、公民館に乗り上げたバス(震災の記憶として保存しようという動きもあったらしいのですが、「震災の悲惨な記憶を想起させる」との意見によりこのほど撤去されたとのこと。

IMG_6521.jpg

恐らく津波被害を忘れぬために後世に語り継がれるであろう「大川小学校の悲劇」。
奥に見える土色の建築物が大川小である。

IMG_6531.jpg

IMG_6536.jpg

壊滅した南三陸町。
建築物のほとんどが骨組みだけを残してふっとんでいる光景は被爆後の広島を連想させました。

IMG_6581.jpg

IMG_6594.jpg

IMG_6599.jpg

陸前高田市。11日を明けて12日の早朝、夜明けとともにこの町の惨状がレポートされたときの衝撃は忘れない。


さて、2011年は津波被害を頭に焼き付けるように見てきましたが、2012年は原発被害が続く福島の現状をこの目で見たいと思っています。

放射線?勿論命は惜しいがこの国で起こっている事実を見ずにはいられないんですよ。

コメントの投稿

非公開コメント