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特攻の島~大津島~探訪記

2012年 08月22日 05:35 (水)

IMG_8405のコピー

8月盆は実家に帰省せず京都で試験勉強のつもりでしたが、流石に13~15は予備校も休業で自習室も満足に使えそうにないので、思い切って

実質1泊3日

の強行軍で広島・山口方面ツーリングを実行しました。

13の夜京都を出発して14朝に広島到着、竹原巡礼して広島で一泊。
15は大津島で回天記念館を見学してその日の夜山口を出発、深夜には京都に到着という・・・途中疲労で事故ったらシャレにならんなと思いながらも、なんか考えたらワクワクしてきたのではい実行。(←バカですね)

実際には13夜出発した途端、兵庫県内で豪雨に遭遇し、明け方福山SAで天候の様子を見て、その日の竹原・たまゆら巡礼は断念。屋内施設見学がメインの大津島を先にし、翌日天候回復の望みをかけて竹原方面を後にしました。

そんなわけで今回は、佐藤秀峰氏の戦記コミック『特攻の島』の舞台となった、山口県徳山の大津島を探訪。

一応断りますが、今回の探訪は単なる私の趣味という以上に、学生時代より日本近代史と戦史を専攻してきた身として、そしてなにより日本人として、戦死者への最大の敬意をもって大津島の地を踏むものです。

軽い興味本位で大津島の地を踏んだわけではないので、そのあたりはご理解ください。

特攻の島 4 (芳文社コミックス)特攻の島 4 (芳文社コミックス)
(2012/03/14)
佐藤 秀峰

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徳山東ICで高速を降りてJR徳山駅前(本当に駅のすぐ前なのでびっくり)大津島行きのフェリー乗り場に到着。
大津島の回天基地跡までは40分ほどです。

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フェリーの中は思いのほか満席でしたが、3/4ほどが盆のための帰省客と思われる感じ。
観光客はやはり少ない印象です。

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錆びた工場・プラント郡に石油基地。
やはり艦艇の姿は見えねど、どこかしこかに古い軍港の雰囲気が・・・。


さて、そんなこんなで大津島到着。

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「何が待ってるんだ」

当時特攻兵器回天は極秘事項であったため、配属された海軍下士官達も島に足を踏み入れるまでは自分等を待ち受ける兵器が何か、知るよしもなかったであろう。
*写真は帰りに撮影したため、航跡が逆になってます。


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かつて回天整備場があった馬島港の平地に今は大津島小学校が建っている。

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小学校の先の丘を登ったところにある回天記念館。
玄関までの道、回天隊員として戦没した者の氏名が刻まれた石碑が並ぶ。

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記念館の見学も終わり、射場の見学に行く前にとお手洗いを借りた時に発見した銘板。
回天開発者の一人でありながら、訓練中殉職した黒木大尉の「遺書」を写した銅板である。
大津島基地開設者直後、黒木大尉は回天操縦訓練中、海底に船体が突っ込む事故を起こした。
海上では懸命の捜索が続けられるも、大尉の回天は容易には発見されず、船体が引き上げられたときには
既に絶命していた。
大尉は、欠乏してゆく酸素、薄れゆく意識の中、上記のとおり膨大な事故の詳細記録と遺書、辞世の句を手帳と船体に書き残したという。


記念館を後にして回天基地の射場に向かいます。


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回天整備場があった場所から射場へは丘をブチ抜いて作られたトンネルを通ります。
暗い・・・ちゅうかフナムシデカ!多すぎ!

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回天射場。
ここから訓練のため回天が発進、訓練コースを回って帰島したという。
クレーンが撤去された他は当時の姿がほぼ原型をとどめています。

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夕日の中、語りあう渡辺と関口。
「何が救国の兵器だ・・・。欠陥だらけの不良品じゃないか・・・」
「俺達は命がけなんだ・・・命をかけるだけの意味をくれよ」
「あんなお粗末な兵器でなんか死にたくなんかない・・・」
「せめて犬死だけはさせないでくれよ・・・俺達は人間だ・・・!!」

事実、回天はわずか半年ほどで完成させられた急造品。
「烈士」として記念館に飾られた写真の中に「戦死」ではなく「殉職」と記載された者のなんと多いことか。


やがて時間が来たので大津島を後にします。

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かつて、この大津島馬島港から潜水艦に搭載された回天隊がウルシー環礁、パラオ、沖縄へと出撃していった。
任務を全うする限り、再び踏むことのない日本の土である。


回天隊は搭乗員・整備員含めて145名の戦没者を出しながら、目立った戦果は給油艦1、揚陸艇1、駆逐艦1隻の撃沈のほかは、数隻に損害を与えたのみである。(現在判明している限りでは)

いずれにせよ、「回天」と命名され、多くの20代前後の若者が生命を賭したにもかかわらず、あまりに乏しい戦果だったことは否めまい。
だが過ぎし歴史、一個人の思想や想いではどうにもならない奔流の時代である。
彼らが命を託そうとした、家族や愛する者、故郷と祖国への思いは遺書や手記、人々の記憶として記念館で受け継がれている。


以上、本ブログにしては重い内容になりましたが、最後までご覧下さった方、どうもありがとうございました!!



てなわけで、翌日は趣向を180度転換、懐かしい町、たまゆらの町、なので。

*本ブログで引用した画像は全て研究目的であり、すべての権利は著作権者に属します。
写真撮影画像の転載は自由ですが、引用画像の転載はお断りさせていただきます。

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