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グラスリップ舞台探訪記⑧

2014年 09月30日 20:38 (火)

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グラスリップ舞台探訪記①
グラスリップ舞台探訪記②
グラスリップ舞台探訪記③
グラスリップ舞台探訪記④
グラスリップ舞台探訪記⑤
グラスリップ舞台探訪記⑥
グラスリップ舞台探訪記⑦

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終盤・沖倉家での演奏会で突如冬に舞台が移った十一話でしたが、冬の三国に透子が転校する驚きの展開を見せた十二話「花火(再び)」。曇天の夕暮、雪に覆われた街、全てが日本海側の冬景色の特徴を見事に再現していました(流石は富山に本拠地を置くP.Aさんですね)。そして打ち上がる花火。同時に始まるピアノの旋律。本作屈指の芸術性を誇ると言っても過言ではないでしょう。曲の起伏と見事にマッチした物語の展開、そして透子を襲う「唐突な当たり前の孤独」は、視聴者に激しい情動を起こすものともいえます(少なくとも自分はそうでした)。
連載最終回は、色と音響に彩られながらももっとも難解といえる十二話、そして最後に、最終話から推察できる「グラスリップ」に込められた意味を試論として読み解きたいと思います。

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第十二話:三国港駅
東京から両親の都合でこの街に引っ越してきた透子が駆と出会ったのは、花火見物客の雑踏の中。

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第十二話:三国港駅

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第十二話:三国港駅

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第十二話:三国港駅前

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第十二話:三国港駅前
駆に連れられて駅前のスロープを上がり、振り返ると。

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第十二話:三国港駅前
透子の眼前に広がる冬の三国港。

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第十二話:三国港駅前
初めて二人は自己紹介を交わし、透子は今日が花火大会の日であることを知らされます。

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第十二話:カフェ・コトノハ
駆はやなぎたちに透子を紹介するために「カゼミチ」で合流するシーンですが、冬らしく蒔ストーブが焚かれていますね。

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第十二話:三国湊座
「花火大会まで町をまわってみたい」と一人雪の「日乃出浜」を巡る透子。

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第十二話:見返り橋付近

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第十二話:見返り橋付近

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第十二話:永世寺葬務社
細い路地を抜けて花火大会会場となる「日乃出浜」へと続く海岸道へ。

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第十二話:龍翔館付近踏切前
雪哉が休息しているのは、第二話「ベンチ」のモデル候補として紹介した踏切前のベンチですね。

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第十二話:白山神社前
透子は待ち合わせ場所へ。

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第十二話:白山神社
透子が白山神社に到着するのと時を同じくして、夕暮れの日乃出浜に花火が打ち上がります。

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第十二話:龍翔館付近
ここから終盤まで、駆の母が奏でる(?)ピアノ曲(サウンドトラックでの曲名「唐突な当たり前の孤独」)が中断されることなく9分間にわたって流れ、曲名が指し示す「唐突な当たり前の孤独」に視聴者が透子とともに直面し、そこに救いの手が差し伸べられるまでの劇的なシーンが演出されます。

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第十二話:白山神社
第一話では花火の開始は完全日没後(実際の花火大会は19:30時開始)ですが、本話では夕陽がまだ残る時間帯(推定では16~17時頃)となっています。ある種現実離れした情景を描くことで、これが後に透子が言葉にする「想像」の世界であることを示唆し、日没にかけて心理的に不安定となる透子の様子も投影されているのかもしれません。

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第十二話:白山神社
コトノハで挨拶を交わした雪哉。

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第十二話:白山神社

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第十二話:白山神社
しかし雪哉、そして神社で合流したやなぎに透子は「記憶」として認知されていませんでした。
意味不明な状況を理解しようと必死になる透子。

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第十二話:白山神社
四人の記憶の中に自信が不在であることに悄然とする透子。

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第十二話:白山神社
この時、透子は駆を苛んできた「唐突な当たり前の孤独」を体感したといえます。

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第十二話:白山神社
そこで彼女に声をかけてくれた唯一の存在は駆でした。それは孤独の中の一筋の救い。

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第十二話:白山神社
そして「欠片」を見た透子。彼女が全てを理解し、「現実」の主体性を取り戻します。駆が口にしてきた(と聞かされた)「唐突な当たり前の孤独」を理解し、駆にとって透子自身がいかなる意味を持つ存在であったのか完全に共感できた瞬間でした。透子が見てきた冬の世界、それは透子の他者に強く共感する優しさが作り出した仮想現実であり、駆の心情理解を強く求める想いが作り出した、駆の内面世界そのものだったといえます。透子はその優しさが故に他者の心情を解し、深く傷つきます。

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また、この一連の駆の内面を描いた仮想世界は、単に透子の理解の過程を描いただけでなく、透子の視線を通して視聴者に駆の「唐突な当たり前の孤独」と、孤独の暗中にあって唯一の救いであった透子を求める心情の理解を促すものでもあります。これまでの物語では、駆に対する視聴者の目線は主人公たちと同等の位置に置かれるため、共感を全く産まなかったものが、冬の世界における透子の心情を丁寧かつ劇的に描くことにより見事に共感可能となる仕掛けだったのです。

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第十二話:白山神社
透子が現実世界の主体性を取り戻したことは、透子と駆の一連の会話からも明らかにされます。今、透子の隣にいる駆は想像の世界における駆でありながら、「さっきまでとは違う」、つまり現実世界の駆の投影に入れ替わっていることになります。

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第十二話:白山神社
「透子が見えない」やなぎたちの像が薄れていくのは、「さっきまで」の駆同様、透子が作り出した仮想人格であったことに意識を向けたことの作用と言えるでしょう。

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第十二話:白山神社
駆の全てを理解した透子は、やがて仮想世界から消え去ります。また、それは他者からの表層的な受容→「唐突な当たり前の孤独」→自己の消滅(転居)を繰り返してきた駆の姿、そのものだったのかもしれません。

本話一連の流れ、特に後半部で美麗な映像と音響、その中で交わされる透子と駆の想いが深層心理でつながりを見せる展開は、本作でも傑出した芸術性を感じさせるものがあります。そしてそれは本作の中心にあった透子と駆の恋愛を巡る実質的な終着点であり、最終回であったと私は考えます。


しかし第十三話は蛇足では決してなく、常に難解であり続けた本作を理解するための重要な示唆を与えるシーンが登場しています。透子と雪哉が校庭で鶏の名前について言及するシーンであり、これは第一話で同様の状況において透子と駆が交わした会話の再出です。物語の第一話と最終話で鶏の名前について主人公たちに言及させたのは、そこに物語の重要なキーを理解する伏線であったことを示唆しているとも思われます。
第一に「ジョナサン」。これは明らかに「かもめのジョナサン」からの引用でしょう。それは「孤高、孤独」の象徴であり、主人公たちに「孤高の人」と揶揄された駆の存在そのものといえます。
第二に思想家の名を冠した「フッサール」。エトムント・フッサールと現象学については第一話の記事でも記載しました。そして作品中において現象学的アプローチではないかと思われる描写が登場しています。第十二話で意識(主観性)を転移させることによる他者(もしくは世界)を理解しようとする透子の姿もその一つです。第十二話の冬の世界が「欠片」の世界であるのだとしたら、恋愛を主題に据えた本作品にファンタジーの色彩を与えた「欠片」は未来を見る試みではなく、透子による無意識下での事象の本質を、意識・主観性から理解しようとする試みと捉えることが可能と思われます。第十話で駆の「唐突な当たり前の孤独」を理解しようと、無意識にガラス玉を通して町を見て歩く姿は、自明のものとして存在してきた世界に疑義を持つ態度とも受け取れます。

だいぶ長くなりましたが、あくまで本作品に対する「試論」に過ぎません。未回収の伏線(あるいは回収されたが理解できていないのか)も多数存在しますが、それについてこれ以上記載するのは「舞台探訪記」としての記事の本質から乖離するものなので、これにて終わりとします(機会がありましたら別建てで記事を執筆したいと思います)。

~編集後記的なもの~
PV公開より三国と「グラスリップ」に様々な角度からアプローチしてきましたが、遠征・長期連載記事で舞台探訪記を執筆したのは「Wake Up,Girls!」に続けてとなります。三国という町の魅力についてはことあるごとに述べてきましたが、先人たちの残した風光明美な町並み、文化、そして人々の故郷に対する誇りを肌で感じることのできる現地での感覚、まさしくそれであると思います。また、本作品を通して福井県在住の探訪者の方々と舞台探訪、また交流会(というか飲み会)で楽しい一夏を過ごさせていただきました。グラスリップ探訪者の皆様、そして執筆の励みとなった読者の皆様に、4か月にわたる探訪記を完成させられたことに深く謝意を表したいと思います。


より大きな地図で グラスリップ 舞台探訪・聖地巡礼マップ(ポイントをクリックすると画像が表示されます) を表示


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*引用画像は全て比較研究目的で掲載しており、著作権は全てP.A.WORKS・glasslip projectにあります、ので。

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2014年10月01日 19:31

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Re: No title

2014年10月04日 13:50

コメント、どうもありがとうございます。
シナリオがPAのこれまでの作品と比べて劣る、というのは私も同意見だと思います。
ただ、本作品はシナリオとしての「面白さ」を犠牲にしても補ってあまりある芸術性があるというのが私の提唱したい意見です。監督自身「本作はエンターテイメント」と坂井市の広報誌でコメントしているので、監督自身の意図からはズレるかもしれませんが、本作品を純文学作品として解釈するアプローチをとると、意外な魅力やインプリケーションが発見できる所もあります。
以前Twitterでも記載したのですが、純文学とは何かといえば、作品の筋書きとしての面白さから離れ、芸術性を重視した作品です(この点、芥川龍之介は『文芸的な、余りに文芸的な』において「“筋の面白さ”は、小説の芸術的価値とは関係しない」と述べています)。視聴者の多くが作品の背景や舞台となった三国の美しさに触れながら、ストーリーはさっぱり、と言っていたのは、無意識にせよこの作品の隠し持つ純文学としての一面に感応していたことの証左ではないかとも思っています。
本作品をそのように解釈するにしても必要とされる前提知識が膨大すぎて「誰が楽しむんだ?」というのが率直なところです。ただ、その一言で埋もれさせるにはあまりにおしい作品なので、今後も継続的に作品解釈に取り組んでいきたいと思っています。

管理人のみ閲覧できます

2014年10月04日 15:51

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Re: No title

2014年10月06日 01:10

「がんばるで」は気付きませんでしたw
まゆしぃが関西人ということもあり、気合いが入ったんでしょうか(多分違う)w
アニサマは仕事で行けず終いでしたがBSで放映されるそうなので、SSAを緑のサイリウムが埋め尽くされる様子を眼中に収めたいですね。

グラスリップも12話で冬シーンが登場したことで、また未だ特定されてないシーンも含めもうしばらく通うことになりそうです。秋もファンによるオフ会が企画中ですので、ご興味がありましたら打診いただけたらと思います。

管理人のみ閲覧できます

2014年10月06日 13:18

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Re: No title

2014年10月07日 01:37

いえいえ、私もグラスリップの考察の全てをブログ本編に盛り込めなかったところもあり、言いたかったことが噴出してしまったところがありますので。
自身出身が東北日本海側なので、なんとなくは三国の冬の気候は想像がついております。
お気遣い、どうもありがとうございます。

WUGまゆしぃは「エセ」関西弁かどうかで1stツアーライブの千秋楽・仙台で裁判にかけられていましたから、何かと関西人ということでいじられているようですw(関西の方からしたら随分失礼な話ですが)
「やつはしー」は完全に京まふバージョンですねw